今回のブログは
私がアラスカで撮影した
写真について書きます
(不定期連載中)
この写真は
University of Alaska, Anchorage(UAA)の
カフェでアルバイトをしていた
ロシア人留学生のマリアという女性に
声をかけモデルになってもらって
撮影をした写真です
写真クラスの課題で
フォトスタジオを使って人物を撮影する
というものがあり
モデルになってもらえる人を探して
大学内を歩いていたところ
コーヒースタンドで働く美しい女性を発見!
何度か彼女が働いている時に
コーヒーを買って
少し顔を覚えてもらったのち
いよいよ決心をして
決して怪しい者ではないから
写真クラスのモデルになって欲しいと
たどたどしい英語で話しかけたところ
彼女が笑いながら「OK」と
言ってくれました
アラスカはもともと
ロシア領だったということもあり
ロシアからの留学生を受け入れる
Alaska Russian Centerという機関もあり
かなりの数のロシア人が大学に来ていました
ロシア人留学生たちは
大学内のカフェテリアやカフェなどで
アルバイトもでき、かなり優遇されていた
ように思いますフォトスタジオを使って人物を撮影する
というものがあり
モデルになってもらえる人を探して
大学内を歩いていたところ
コーヒースタンドで働く美しい女性を発見!
何度か彼女が働いている時に
コーヒーを買って
少し顔を覚えてもらったのち
いよいよ決心をして
決して怪しい者ではないから
写真クラスのモデルになって欲しいと
たどたどしい英語で話しかけたところ
彼女が笑いながら「OK」と
言ってくれました
アラスカはもともと
ロシア領だったということもあり
ロシアからの留学生を受け入れる
Alaska Russian Centerという機関もあり
かなりの数のロシア人が大学に来ていました
ロシア人留学生たちは
大学内のカフェテリアやカフェなどで
アルバイトもでき、かなり優遇されていた
当時モデルになってくれた
ロシア人女性のマリアは20代
彼女は卒業後もアメリカに残りたいと
考えておりアメリカ人のボーイフレンドもいるとのこと・・
ロシア人女性のマリアは20代
彼女は卒業後もアメリカに残りたいと
考えておりアメリカ人のボーイフレンドもいるとのこと・・
残念
そんなことよりも
フォトスタジオで彼女の美しい目
顔を撮影できたらと
私は写真撮影をすることだけを
考えていました
マリアには撮影後お礼として
アンカレッジで有名なイタリアンの店で
ディナーをご馳走させて頂きました
あれから25年
ウクライナに侵攻したロシアの影響もあり
ロシア人と聞くとネガティブな印象があるのですが
マリアは今もアラスカに住んでいるのでしょうか?
さて私がアメリカの
University of Alaska, Anchorage(UAA)にて
日本語クラスのアシスタント業務の
仕事をしていた1999年〜2000年の頃
仕事とは別に
大学の写真クラス(初級から中級)を
受講する機会がありました
写真クラスを受講するにあたっての
条件はひとつだけ
マニュアルで撮影できる
フィルムカメラを使って
撮影することでした
2000年代は
まだスマートフォンはなく
デジタルカメラはあったものの
まだ高価な時代でした
本当は映画クラスを
受講したかったのですが
UAAにはTVクラスしかなく
悩んだ末に受講したのが
写真クラスでした
アンカレッジ市内にあるカメラ屋を
お世話になっていたアラスカ在住の
日本人のミツハシさんの車で探し回り
最終的に購入したのが
キャノンのEOS Rebel 2000
(日本名はEOS Kiss III)でした
当時の価格は忘れましたが
日本での定価が約64,000円だったそう
私がこのカメラを購入した理由は
マニュアル、オート両方の操作ができ
手持ちのお金が500ドル前後しかなかったからです
写真を本格的に学んだのは
後にも先にもUAAの写真クラスだけ
フィルム缶をひとりしか入れない
狭いダークルーム
(一旦入ったら全く何も見えない真っ暗な箱)
に入り
フィルム缶を缶切りのようなもので開け
フィルムを取り出し
ステンレンス製のリールに巻きつけ
ステレンスのタンクに入れ
現像液を入れてから
タンクを数回上下を逆さまにしながら
現像液を定着させ
10分間ほど流水で薬品を洗い流し
リールに巻きつけたフィルムを伸ばして
乾燥機に入れて乾燥させる・・
(詳細な時間などは忘れてしまった)
その後
暗室に入っていよいよ印画紙に
プリントをする過程に
日本語でいう「印画紙」は
英語で「Photographic Paper」 とか
「Photo paper」と言い
大学ではイルフォード ILFORDという
イギリスのメーカーの印画紙を
よく使っていました
モノクロ写真はイルフォードと
言われるくらい有名なブランドだったんですね
ILFORD公式サイト
と、今考えたら
よくもまあこんな面倒な手順が
ある工程をやっていたのかと
感慨深いものがあります
しかも、すべて英語で学んで
英語で会話をしていたことを考えると
私の語学力では60%程度しか
理解できてなかったように記憶しているので
ある程度は見よう見まねで
やってたような気がします
またメキシコからアンカレッジに来たカメラマン
アレックスと知り合いになったおかげで
わからないことはアレックスに聞いて
確認していました
あと、初級、中級クラスを教えていた
アメリカ人女性の先生が
私の写真を気に入ってくれたおかげもあり
私がアラスカを去るときに
先生から数枚、私が現像した写真を
譲って欲しいと言われ
4枚ほど差し上げたこともありました
私がUAAの写真クラスで学んだのは
モノクロ写真のみ
残念ながら
カラー写真のクラスを受講する
時間はありませんでした
私よりも数年早く
UAAで写真コースを学んでいた
ゲンさん(本名忘れました)という
日本人男性がいて
彼は大学卒業後
アラスカの先住民(エスキモー)の村に住み
写真を撮り続けていると聞きましたが
今はどうしているのでしょうか?
今更ながらですが
University of Alaska, Fairbanks
(アラスカ大学フェアバンクス校)には
あの動物写真家で有名な星野道夫さんが
在籍していたこともあり
(野生動物管理学部中退)
アラスカには
雄大な自然と野生動物を追い求めて
写真家がやってくる土地でもあったんですね
私は映画を学ぶつもりで
アメリカに渡ったのですが
アメリカはアメリカでも
他の州からかなり離れた
アラスカ州に行くことになり
(日本語教師のボランティアプログラムでした)
アンカレッジ校で映画ではなく
写真の基礎のみを学んで
その数年後、日本に帰ってきてから
ようやく日本大学大学院で「映画」を学んで
2025年に映画監督としてデビューできたという・・
20年以上も遠回りをして
念願の「映画」製作を学び
なんとか自分の映画が日本の映画館で
公開されるまでに至ったのは
私が諦めの悪い性格だったからでしょうか
すでに
アラスカに在住していたことについて
ほとんどの事を忘れつつあります
お世話になった方々
アメリカ人、日本人、韓国人
メキシコ人など人種、国籍を問わず
お礼を伝えることすらできなかったように思います
また、当初は親切にしてくれていたものの
自分の信仰について知った途端に性格が豹変してしまった
日本語教師の日本人女性に言われた
「あなたも日本に帰ったら
アラスカでの出来事についていろいろ書きますか?」
という言葉が印象に残っています
私はその女性教師の方の名前すら
覚えていないのですが
25年以上も前の
アラスカの思い出を綴る時は
やはり良い思い出だけを
書き残したいと考えています
映画「香港から来たダイアナ公式サイト」
Vimeo配信サイト
STUDIO F+のInstagram
https://www.instagram.com/studiofplus
STUDIO F+のX(旧ツイッター)
https://x.com/studiofplus
新STUDIO F+のYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCC4wXKHJNR-HkZJ7onE2BLw
旧STUDIO F+ (studiofplus) のYouTubeチャンネル
そんなことよりも
フォトスタジオで彼女の美しい目
顔を撮影できたらと
私は写真撮影をすることだけを
考えていました
マリアには撮影後お礼として
アンカレッジで有名なイタリアンの店で
ディナーをご馳走させて頂きました
あれから25年
ウクライナに侵攻したロシアの影響もあり
ロシア人と聞くとネガティブな印象があるのですが
マリアは今もアラスカに住んでいるのでしょうか?
さて私がアメリカの
University of Alaska, Anchorage(UAA)にて
日本語クラスのアシスタント業務の
仕事をしていた1999年〜2000年の頃
仕事とは別に
大学の写真クラス(初級から中級)を
受講する機会がありました
写真クラスを受講するにあたっての
条件はひとつだけ
マニュアルで撮影できる
フィルムカメラを使って
撮影することでした
2000年代は
まだスマートフォンはなく
デジタルカメラはあったものの
まだ高価な時代でした
本当は映画クラスを
受講したかったのですが
UAAにはTVクラスしかなく
悩んだ末に受講したのが
写真クラスでした
アンカレッジ市内にあるカメラ屋を
お世話になっていたアラスカ在住の
日本人のミツハシさんの車で探し回り
最終的に購入したのが
キャノンのEOS Rebel 2000
(日本名はEOS Kiss III)でした
当時使用していたキャノンのEOS Rebel 2000(2026年現在撮影)
当時の価格は忘れましたが
日本での定価が約64,000円だったそう
私がこのカメラを購入した理由は
マニュアル、オート両方の操作ができ
手持ちのお金が500ドル前後しかなかったからです
写真を本格的に学んだのは
後にも先にもUAAの写真クラスだけ
フィルム缶をひとりしか入れない
狭いダークルーム
(一旦入ったら全く何も見えない真っ暗な箱)
に入り
フィルム缶を缶切りのようなもので開け
フィルムを取り出し
ステンレンス製のリールに巻きつけ
ステレンスのタンクに入れ
現像液を入れてから
タンクを数回上下を逆さまにしながら
現像液を定着させ
10分間ほど流水で薬品を洗い流し
リールに巻きつけたフィルムを伸ばして
乾燥機に入れて乾燥させる・・
(詳細な時間などは忘れてしまった)
フィルム現像用のタンクとリール
その後
暗室に入っていよいよ印画紙に
プリントをする過程に
日本語でいう「印画紙」は
英語で「Photographic Paper」 とか
「Photo paper」と言い
大学ではイルフォード ILFORDという
イギリスのメーカーの印画紙を
よく使っていました
モノクロ写真はイルフォードと
言われるくらい有名なブランドだったんですね
ILFORD公式サイト
と、今考えたら
よくもまあこんな面倒な手順が
ある工程をやっていたのかと
感慨深いものがあります
しかも、すべて英語で学んで
英語で会話をしていたことを考えると
私の語学力では60%程度しか
理解できてなかったように記憶しているので
ある程度は見よう見まねで
やってたような気がします
またメキシコからアンカレッジに来たカメラマン
アレックスと知り合いになったおかげで
わからないことはアレックスに聞いて
確認していました
あと、初級、中級クラスを教えていた
アメリカ人女性の先生が
私の写真を気に入ってくれたおかげもあり
私がアラスカを去るときに
先生から数枚、私が現像した写真を
譲って欲しいと言われ
4枚ほど差し上げたこともありました
私がUAAの写真クラスで学んだのは
モノクロ写真のみ
残念ながら
カラー写真のクラスを受講する
時間はありませんでした
私よりも数年早く
UAAで写真コースを学んでいた
ゲンさん(本名忘れました)という
日本人男性がいて
彼は大学卒業後
アラスカの先住民(エスキモー)の村に住み
写真を撮り続けていると聞きましたが
今はどうしているのでしょうか?
今更ながらですが
University of Alaska, Fairbanks
(アラスカ大学フェアバンクス校)には
あの動物写真家で有名な星野道夫さんが
在籍していたこともあり
(野生動物管理学部中退)
アラスカには
雄大な自然と野生動物を追い求めて
写真家がやってくる土地でもあったんですね
私は映画を学ぶつもりで
アメリカに渡ったのですが
アメリカはアメリカでも
他の州からかなり離れた
アラスカ州に行くことになり
(日本語教師のボランティアプログラムでした)
アンカレッジ校で映画ではなく
写真の基礎のみを学んで
その数年後、日本に帰ってきてから
ようやく日本大学大学院で「映画」を学んで
2025年に映画監督としてデビューできたという・・
20年以上も遠回りをして
念願の「映画」製作を学び
なんとか自分の映画が日本の映画館で
公開されるまでに至ったのは
私が諦めの悪い性格だったからでしょうか
すでに
アラスカに在住していたことについて
ほとんどの事を忘れつつあります
お世話になった方々
アメリカ人、日本人、韓国人
メキシコ人など人種、国籍を問わず
お礼を伝えることすらできなかったように思います
また、当初は親切にしてくれていたものの
自分の信仰について知った途端に性格が豹変してしまった
日本語教師の日本人女性に言われた
「あなたも日本に帰ったら
アラスカでの出来事についていろいろ書きますか?」
という言葉が印象に残っています
私はその女性教師の方の名前すら
覚えていないのですが
25年以上も前の
アラスカの思い出を綴る時は
やはり良い思い出だけを
書き残したいと考えています
映画「香港から来たダイアナ公式サイト」
Vimeo配信サイト
STUDIO F+のInstagram
https://www.instagram.com/studiofplus
STUDIO F+のX(旧ツイッター)
https://x.com/studiofplus
新STUDIO F+のYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCC4wXKHJNR-HkZJ7onE2BLw
旧STUDIO F+ (studiofplus) のYouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCSeu73OYeDYByrTerpmJNTQ
https://studiofplus.wixsite.com/studiofplus
最後に
ロシアの独裁者プーチンに鉄槌を!
プーチン支持者に厳罰を!
ウクライナに平和を!
イスラエルの軍事侵攻が
早急に終結しますように!
ロシアの独裁者プーチンに鉄槌を!
プーチン支持者に厳罰を!
ウクライナに平和を!
イスラエルの軍事侵攻が
早急に終結しますように!


